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アンソロジー 存在しない祝日
¥1,800
「存在しない祝日」をめぐる17の日々。 [仕様] カバー・オビ有り B6サイズ(128mm×182mm) カラー口絵8ページ+本文248ページ 秘密結社きつね福 作中に登場する祝日が記載されたカレンダーが付録でつきます 短歌:左沢森「どの口」 片付けをいちばんにまず考える六月のゆいいつの祝日に 誕生日がふたつあるひとが見つけた回文をこの世に引き受ける 小説:犬山 昇「手紙供養日」 毎月の第三土曜日、海辺の父の部屋を訪れるとき、夕食はいつも魚料理だった。最寄り駅は漁港のそばで、父は白身魚をバターで焼いてくれる。魚介類がいかに身体にいいかも聞き飽きていたが、私がこの家を訪れるのは、別居中の両親がそう約束してしまったからだ。 小説:板垣真任「なんにもわからない」 ぼくのなかにひとつ、憧れているビジョンがあって、それは、大学の入学金を銀行へ払いに行く自分の姿。年の離れた兄さんも、姉さんもそうしたと言っていたから、ぼくもそうするだろう、そうしろと言われるだろう、父親の革の鞄に百二十万の現金を入れて、歩いて十五分の町の銀行へ払いに行く。 小説:衿さやか「母性有料記念日」 池田さんと話していると不安になる。池田さんはひどい斜視で、どれだけ向き合って話していても、ほんとうの会話、ができていないような気がするから。池田さんは百五十センチくらいの身長で、いつも私を見上げる。池田さんは真夏でも真っ黒な厚底のブーツをはいている。 小説:大木芙沙子「桜の咲かない王国の春」 朝起きると、まずは仏壇の前で手をあわせる。それがわが家の習慣で、手をあわせながらが心の中で思うのは、たいてい「おはようございます」という定型文のみで、そのとき母や父がどんなことばを胸の内で唱えていたのかは知る由もなかったけれど、おそらく同じような感じだろうと思っていた。 小説:オカワダアキナ「予備役休暇」 十八歳から二十二歳の間のどこかで兵役に就き、男は二年間、女は一年半。その後も一年に一度、予備役兵として三週間の軍事訓練に招集される。仕事や家庭から離れて軍に戻り、予備役は四十五歳まで続く。 小説:尾八原ジュージ「渡り雛の日」 渡り雛の日と梅雨明けがぴったりと被った。はたして六月三十日午前八時、おひいさまは七年ぶりにいらっしゃった。そのときわたしは、夏の太陽が明るく照らす庭で、洗濯物を干していた。 小説:坂崎かおる「アンバー・デイ」 部屋に入るとなにか香りがした。入ったときは、こういう会なのだからと、わざわざ誰かが用意したのかと考えたが、それは名残のような微かな形であった。わたしは少し息を止め、それから口をすぼめて、ゆっくりと吐き出す。 小説:鮭とば子「ミー・ミーツ・ミー」 おれは泣いていた。だくだくと止まらない涙を、拭いもせず歩いていた。冬の昼下がり、街中で通りすがる連中はおれを見ないふりをする。ふりをしているだけだから、すげえ、と誰かが小声でささやく。やめなよ、と隣の誰かがいさめる。構わなかった。 小説:瀬戸千歳「あなたがたずさえる火」 地獄は火のなかより生まれる。島の言い伝えをあなたはちっとも信じていないから、今年の水払いの払い手に選ばれて困惑している。 イラスト:たけもとあかる「春行列の日」 春の訪れを祝い、春を連れてきた精霊をもてなす日。 小説:谷脇クリタ「ひーちゃんとワクワクおやすみ大作戦」 ひーちゃんが布団の中でもぞもぞ動くので目が覚めた。カーテン越しに入ってくる光は真昼の明るさ。なんとなく十一時半かなと思い、右腕を枕のまわりでぶんぶんやるけどスマホはもとから手に握ったままで十一時二十八分だった。 小説:鳥山まこと「砂漠」 夫の葬式を終えた頃も、しみじみと振り返るなんてことはしなかった。もう十五年も経つけども、時々一人になった身軽さがぶり返すくらいで、撮った写真やアルバムを振り返ることもなく、今となっては夫の所有物なんてほとんど自宅には残っていない。 漫画:橋本ライドン「無上の佳日」 矢島祥子は虚言癖だった 小説:本所あさひ「純と純」 婚姻届けを提出し終えた僕らに手渡されたのは、一枚の表札だった。まだなにも書き込まれていない、天然木をそのまま長方形に切り出したかのような、木目のくっきり浮かんで見える、薄い板。 小説:吉田棒一「労働を知らない子供たちさ」 左右に揺れるトムの尻を眺めながら、石田は「今日は何月何日だっけ」と考えた。最近は曜日どころか季節の感覚もよくわからない。エアコンの効いた部屋で快適に暮らしていると、今が暑いのか寒いのかわからなくなって、ある快適な気候のふとした日に「あれ、これから夏になるんだっけ、冬になるんだっけ」などと思ってしまう。 写真・短歌:ヨノハル「天使の日に」 凍雪の生まれかわりを信じたら天使がここに花を降らせる 走り方知らないくせにぼんやりと踏めばぼんやり加速する春 写真:ヨノハル イラスト:たけもとあかる 装幀・編者:瀬戸千歳
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【掌編集】諸字百物語[再販版]
¥1,200
SOLD OUT
漢字ひと文字を題材にした420字程度の掌編を集めた百物語。22年5月に発行した初刷りに加筆・修正・追加話を加えた再販版です。P83にミスがあるので該当ページに訂正版のシールを挟み込んでいます。 [仕様] カバー・オビ有り 正方形サイズ(128mm×128mm) 本文130頁 秘密結社きつね福 スピンオフの『蛇蠱の子』も併せてどうぞ 装画:すり餌 装幀:瀬戸千歳 ▼▽ 試し読み ▽▼ 【兄】あに 思いきり転んだ拍子に語彙の器が揺れたようで、身体からいくつも言葉が漏れ出してしまった。慌ててコンクリに散らばるそれらをかき集め、どんどん呑み込んでゆくけれど、いくつかは風に乗って飛ばされていったらしい。語彙の器がずいぶん軽くなった感覚がして、失われてしまった言葉を思い出そうとするものの、さっぱり見当がつかなかった。そうやって頭に浮かんだ言葉をくり返しているうちに、ふと、呪がふたつあることに気づく。異なった言葉を呪として身体にいれてしまったのかもしれない。ふたつになった呪はどうなるのか、それどころか元の言葉がどうなるかもわからず、医者へかかることにする。 非常に珍しい症例ですので……。医者は濁した。言葉が失われることはあっても、誤った言葉になるのは稀らしい。なにが呪になってしまったのでしょうか。医者は困った表情で■と■ですと答えてくれるが、どうにも聞き取れない。ご■弟はおられますか。すみません。なんとおっしゃっているのでしょうか。 【覗】のぞく マンションはペット禁止なので空想上の猫と暮らしている。ベンガルのレオ。オス。しなやかな四肢で溌剌と駆け、水が苦手で、南向きの窓のそばで寝そべるのが好きだ。実際に飼ったことはない。母が許さなかった。私は猫カフェへ通って温もりをたしかめ、動画で仕草を研究し、鳴き声に想いを馳せる。油断していたらレオの輪郭が曖昧になるので、補助線を引くことは欠かさない。 ここのところ毎日レオは夜鳴きをしている。どうやら発情期らしい。発情期なんて考えもしなかったから、レオに奥行きが生まれたようではじめのうちは嬉しかった。しかし、やがておよそ猫には聴こえない声をあげ、玄関やベッドの下や枕元をひと晩中うろうろしている。叱ってみたけれどやめる様子もない。空想の去勢手術を施しても無駄だった。そのうち鳴き声はつねに聴こえるようになり、いつのまにかレオは天井を這うようになった。もしかしたら猫飼いにとって当然の光景なのかもしれない。天井に張り付いたそれと目があう。伸びた首が私の顔を覗きこんでくる。
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福森家の三姉妹
¥1,100
「三つ子ちゃん誕生」 私たちが生まれてからのアルバムは新聞の小さな切り抜きから始まる。几帳面な長女の椿、マイペースな次女の花梨、奔放な三女の牡丹……3人の作者で3つ子を書いた8編の連作短編集。 [仕様] オビ有り B6サイズ(128mm×182mm) 本文140頁 秘密結社きつね福 別れ去りゆく/椿 婚約したの、とふたりに言うと目を見開かれた。あの男と、本気なの、と声に出すまでもなく牡丹は深く眉をひそめていた。花梨はいつもより眉を下げて、困った顔をしていた。署名するように左手薬指の指輪を見せるとより一層、不安げな空気に包まれた すべての物事は一とニと三で出来ている/花梨 昔からいつも、眠たそうだねと呆れられた。眠いだけでなく、危うかった。母は今でも正月の集いで、ベランダの空調機によじ登り、中空に手を伸ばして、転落しかけていたときのことを話す。あなたは昔からふらふらして危うい、が母の決まり文句だった。空調機の天板から手をのばしたのは、それが水色のやわらかな、果てのない寝床に思えたからだろうか。 十六歳/牡丹 涼馬が誕生日をお祝いしてくれることになったので今日は晩ごはんいらないって伝えると椿ちゃんはしばらく黙ったままトーストを食べてて、経験上これは不機嫌になってるときの間だなって思ってたら「ふーんべつにいいけど」とか、ちっともよくなさそうな声で助走つけたあと「高校生になったし彼氏選ぶよね」なんて目もあわせずにつめたく言うもんだからあたしはなんかすっごくむかついて、向かいの花梨ちゃんもまたはじまったなあみたいな眠そうなまなざしで見てくることにもけっこうむかついて、もういいケーキもいらない食べてくるからって思わず言っちゃう。 「あたしたちさ、ぜったい長生きしようね」 「三つ子の魂百までとか言わないでよ」 「人生をかけた一発芸だねえ」 イラスト:庄司理子 編者・装幀:瀬戸千歳
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鯨寄る浦 虎伏す野辺
¥1,650
海。虎。おばけ。 瀬戸千歳の作品集。 アンソロジーへの寄稿やSNSで公開した作品を加筆・修正し、あらたに書きおろしを加えた17編を収録。 「光跡」 四十九日が済んでも麦野はいまだにやってくる。三日連続のときもあれば、一週間ぱったりと姿を見せないこともある。十日あいたことはない。帰宅する際、カーテンの隙間から光が漏れていると、ああ、またきているんだなと思う。彼女はたいてい床に座りこんで窓から外を眺めている。たまに壁にもたれかかったりも、する。生前から行儀がよかったので、床に寝そべったり勝手にベッドを使ったりはしない。すくなくとも私がいる間は。 「呪詛売り」 千崎が野生の呪詛を集めにいくというので、私もついてゆくことになった。正気を疑うほど高値で取引されているらしい。行き先は黄ヶ崎などという聞いたこともない島である。ふたりともへべれけに酔っ払っていたので、じゅそかなんかしらんけどアンタがいるとこならどこだっていいよ、と適当に笑っていたら、千崎はまたたく間に私の乗船券を予約していた。 「共鳴」 おばあちゃんは魂呼びの名人だったらしい。おばあちゃんのママもそう。つまり私にも名人の血が継がれているはずなので、おばあちゃんはやがてくる臨終に際して私を呼ぶ子として指名した。ママをすっ飛ばして。 「生まれたばかりの森」 泉を訪れる巡礼者たちはみな礼儀正しい。あらかじめ予約をとってきた彼らの本人確認をすませ、契約書に署名をもらい、有賀さんは注意事項をひとつずつ説明してゆく。清酒は呑みこまないこと、遺品は泉に沈めないこと、たとえあちら側から呼びかけられても口をひらかないこと、会えるのは長くて三十分、一時間で小屋まで戻ってくること、泉にあるものはなにも持ち帰らないこと。 「ラージャの埋葬」 式にはどうしても虎が必要なんだ。彼の言葉を聞いたプランナーは飼っている犬か猫の名前だと考えただろうし、私は、かつて彼が話した空想のことを思い出していた。虎が。私たちが黙っていたら小さな声でもういちど言った。横目で様子をうかがってみると真剣な顔つきをしていた。同じだった。交際を申し込まれたときと、求婚されたときと。 ...and more!! イラスト:たけもとあかる デザイン:瀬戸千歳
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アンソロジー 名刺をめぐる記憶あるいは空想
¥1,600
SOLD OUT
「ーーを忘れない」 名刺に残ったメッセージと 「百崎尋」をめぐる14編の記憶。 [仕様] カバー・オビ有り B6サイズ(128mm×182mm) 口絵6・本文206、全212頁 秘密結社きつね福 作中に登場する名刺が付録でつきます 小説:伊藤なむあひ「生猫作り」 今がいつかって? 私たちはそれをカンマ一秒の誤差もなく共有しており、だからこそ外部からの情報は必要なかった。私たちはもう長い時間をそのようにして過ごしており、私たち以外を求めるなんてことは遥か昔にしなくなっていた。 小説:犬山 昇「草の上の三重奏曲」 さまざまな商売の試みの中で、少なからずうまく行ったのが日記商売だった。名刺大の紙片に、その日の出来事や、心情を書く。それを治療として行う一群があった。記録は、たとえば薄紫のアールグレイの紅茶缶や、三日月の標章があしらわれた黒い焼き菓子の容器など、各自が気に入った小箱に収納されていた。 小説:大木芙沙子「オーロラ」 ポラリス・カーウォッシュは町にひとつだけある洗車場だった。従業員はレイとテオの二人だけ。雇われ社長のグエンはほとんど表には出てこずに、たいてい裏で金勘定か電話かサッカー賭博のどれかをしている。敷地内にはコンテナみたいな掘っ立て小屋の事務所と、車が二台までは入れる駐車場、それにやっぱり掘っ立て小屋みたいなガレージがひとつある。 小説:尾八原ジュージ「ねずみが出る」 わたしたちはそういうものを、決まって「ねずみ」と呼んでいた。 小説:紅坂 紫「酒神(あるいはくいとめる)」 前で、からだに魂をつなぎとめているのだから。記憶を部屋につなぎとめているように、気配を場所につなぎとめているように。誰かの苗字か、名前のどちらかを忘れてしまったとき、あなたのからだを作っている血や骨からそのひとの魂は削り取られてしまっている。 小説:坂崎かおる「ヒーロー」 いつごろからだろうか、百科事典が届くようになった。ブリタニカ。一冊ずつ、不定期に届いた。救世軍や支援団体経由で来たが、差出人はわからない。ただ、ときどき、名刺が挟まっていた。「百崎尋」。モモサキ・ヒロ。 小説:鮭とば子「初恋」 薬をやるようになったのは、おれがまだ十七とかそこらの可愛い子供だった頃だ。高校時代は勉強も部活もなんにもやってなくてとにかく暇で、誘われたらどこでも行くようにしてたらよくわかんないパーティに連れられるようになって、ある日友達の先輩の先輩の知り合いの、みたいな関係の人から薬をおごってもらう。 小説:瀬戸千歳「虎の埋葬」 はじめからいない虎の不在によって私たちの関係はあっけなく壊れてしまった。 小説:鳥山まこと「タイムカプセル」 土以外の他の何かを、自分は掘ったことがあるだろうか。硬そうな地表面にスコップを突き刺しながらコウタは思った。力をかけて掘り起こし、えぐれた土を眺めながらその何かを思い出そうとしたが、すぐには思い出せなかった。 漫画:橋本ライドン「或る福の神からの手紙」 就活で連敗中の私をみかねた両親から渋々明かされ 知り合いの神族経営の会社に裏口就職した 小説:蜂本みさ「記憶の蟻塚」 日曜日、あなたは汗をびっしょりかいて目を覚ます。大学の卒業式で実は単位が足りていなかったと発覚する夢を見たのだ。春なのに電気毛布の温度を高くしすぎたせいだろう。夢の中のあなたは黒地に牡丹の散った着物に薄紫の袴をつけ、誰かとセルフィーを撮りまくっていたが、やってきた大学事務の人に留年を告げられ、膝から崩れて泣きわめいた。 小説:安河内瞳「君の葬式には行かない」 その男は俺に永遠の命を与えると言った。 小説:吉田棒一「インダストリーストリー」 寮メシを食べながら会社の昔話を聞く。昭和の時代は環境対応がいい加減で、祝坐化学も海に汚染物質を垂れ流していたこと。稲津野の漁業組合と付き合いがある理由はそれで、今でも毎年「寄付金」名義で事実上の上納金を収めていること。生野さんと金さんは当時のことを知っていて、少し後ろめたそうにしている。 写真・短歌:ヨノハル「昼の光に」 遠ざかるほどに根雪はかがやいて記憶のための手旗となって 名づけても名づけてもなお憎しみはきみを苛む野火の熱さで 写真:ヨノハル 企画・編者・装幀:瀬戸千歳
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アンソロジー 非実在神様(増刷版)
¥1,300
SOLD OUT
八つの神様、八つの祈り。 [仕様] カバー・オビ有り B6サイズ(128mm×182mm) 本文148頁 秘密結社きつね福 御札デザインのシール付属 2023.11.11 初刷り 2024.05.18 増刷 再増刷版です オビのデザイン、本文の一部が初刷りから変わっています 犬山 昇「デュッセルドルフの神さま」 水子おばさんの部屋は、水際の最下層にある。ひび割れが目立つ築四十年のアパートは、入口が四階にある。彼女以外に住人の気配はないし、他の部屋はすべて硝子窓が黒のテープで覆われている。目の前はリゾート再開発に失敗した湖で、最寄りのJR駅から五キロ歩いたところに、その湖上アパートの入口はある。 大木芙沙子「お正月さん」 そのひとは、私たちが遊んでいるところへある年ふらっとやってきた。仏間は大人たちがお酒を飲んでいる居間から便所へ通じる廊下の途中にあったから、便所へいくついでに私たちの姿を確認していく大人はいたけれど、そのひとは居間とは逆方向の廊下から歩いてきて、「おじゃまするね」とふすまを開けて、後ろ手でそれを閉めると、すとん、とその場に胡坐をかいた。 尾八原ジュージ「おまよい様の住む家は」 おまよい様を見た。黒い子どもの影のようなものが古地川さんの家の門から出てきたと思ったら、ぴゅんと走って角を曲がった。わたしはとっさに追いかけた。遅れて曲がった角の先に、その姿はもうなかった。 木古おうみ「虚渡しの日」 虚渡しの神が現れる期間はほぼ五十年毎だ。直近で現れたのは二十一年前だから、後三十年近くは安全だ。出たとしても、神に遭遇する確率は飛行機事故より遥かに低い。 紅坂 紫「高峰」 その日、高峰は月見団子をふたつ買ってきた。島で唯一の和菓子屋の名が入ったビニール袋を揺らして、土間に立ったままわたしを呼んだ。気分が良かったのだろう。デジタルノイズのような顔を色とりどりに変えながら大きな声で笑っていた。 鮭とば子「たいか様」 たいか様。その漢字には複数の説があるけれど、大抵は『大禍』と『対価』が選ばれる。「大禍を呑めば対価を与える神様」ということがわかりやすいからだ。 瀬戸千歳「生まれたばかりの泉」 死者に会える泉のうわさを耳にしたことはあったけれど、それにまつわるアルバイトがあるとは思ってなかったし、まさか受かるとも思っていなかった。どれくらいの倍率かは知らないけれど受かったのは僕だけだった。 橋本ライドン「らぶらぶ様」 まったく 信じる力はおそろしい。 企画・編集・装幀:瀬戸千歳 ※付属シールを貼った書影は初刷り時のものです。
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アンソロジー 夢でしかいけない街(再増刷版)
¥1,600
SOLD OUT
人魚の歌、灯篭流し、流氷の街、増殖するペンギン、海底の不動産屋、父とのプール、瞼のうらの湖……小説・短歌・漫画・写真・イラストでつむがれる16編の夢物語 [仕様] カバー・オビ有り B6サイズ(128mm×182mm) 口絵12・本文196、全208頁 秘密結社きつね福 2023.05.20 初刷り 2024.05.18 再増刷 再増刷版です オビのデザイン、本の厚み、本文の一部が初刷りから変わっています [書き手] ・左沢森「北に旅」 ・伊藤なむあひ「夢街奇譚」 ・犬山昇「閘」 ・大木芙沙子「みずうみ」 ・オカワダアキナ「ヒッポカンピ 」 ・尾八原ジュージ「春の夜の歌」 ・紅坂紫「波の彼方(あなた)」 ・坂崎かおる「ペンギニウムの子どもたち」 ・鮭とば子「シャク太郎の呪い」 ・白川小六「蜘蛛を助ける/蜘蛛に助けられる」 ・瀬戸千歳「餓虎」 ・谷脇クリタ「海氷街の羽海子」 ・橋本ライドン「夢の約束」 ・本所あさひ「海底街と斎藤さん」 ・yuca「忘れるために」 ・ヨノハル「渡河」 写真:ヨノハル 企画・編集・装幀:瀬戸千歳
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【掌編集】蛇蠱の子
¥300
SOLD OUT
呪いの血筋、ふたりでの暮らし。 『諸字百物語』【唆 そそのかす】に出てくるふたりの物語です。百物語によく出てくる金髪占い師の千崎も登場します 1話800文字のお話が10篇入っています 装画:橋本ライドン 装幀:瀬戸千歳 ▼▽ 試し読み ▽▼ 【2話・手に負えるうちは】 泊まった部屋からは海が一望できたのだけれど、いたるところにお札が貼られていて思わず笑ってしまった。予約したひと部屋だけ明らかに価格設定がおかしかったから予想もしていたが、まさかここまでとは思わなかった。巳々花も「あちゃあ」とか言いながら一緒に笑う。テレビの脇や額縁の裏はもちろん、襖の奥や冷蔵庫と壁の隙間、果ては鏡のもっとも目立つところにさえあって、せめて隠す努力は惜しんでほしくないし、そもそも開かずの間にするべきでしょうに。こななん気休めやけんなんちゃ意味ないのになあ。巳々花がまだ新しいお札を剥がしだすので、アンタさすがに器物損壊やで、とたしなめる。 大広間に用意された食事も私たちだけ豪華だったし接客もバカみたいに丁寧で、それはとてもありがたいのだけれど、もしかして人柱なのかしら、なんて思いはじめる。巳々花は気にしていないのか、瓶に直接口をつけて日本酒がぶがぶ飲んでいる。や、せめてお猪口を使わないと、ほら仲居さん引いてるって。 卓球とスロットゲームに興じ、貸切の露天風呂から星を眺め、部屋へ戻ってだらだら飲み直し、いい雰囲気になったところで当然のように怪異が現れる。最初は無視を決めこもうとしていたのだけれど、ひとり、ふたり、と増え、しかもみんな目がこちらを向いているものだから、睦み合う気も削がれてしまう。ちょい早いけどもう寝よか、とふたりで並んで寝転がって目をつむってみても、ぼおおおおお、みたいな呻き声というか唸り声の合唱が耳から離れず、おちおち眠ることさえままならない。 ちっ。ぶしつけな怪異がやってきてから、どれぐらい経ったのかはわからないが、巳々花の舌打ちが聞こえた。すると怪異のひとりがうずくまってのたうちはじめ、そのうち他の怪異も苦しみだす。それって人間以外にも有効なんや。私がつぶやくとまあ人型やから内臓くらいあるやろ、とそっけなく返される。「祓魔師とかで生計立てる?」私が笑ったら、人の形しとらんやつは寄らんようにしとる、手に負えんけんな、と静かに言う。
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【掌編集】諸字百物語
¥1,000
SOLD OUT
漢字ひと文字をテーマに420字程度の掌編を集めた百物語。 カバー付き・数量限定でオビ付き 本文は黒の小口染めです スピンオフの『蛇蠱の子』も併せてどうぞ 装画:すり餌 装幀:瀬戸千歳 ▼▽ 試し読み ▽▼ 【兄】あに 思いきり転んだ拍子に語彙の器が揺れたようで、身体からいくつも言葉が漏れ出してしまった。慌ててコンクリに散らばるそれらをかき集め、どんどん呑み込んでゆくけれど、いくつかは風に乗って飛ばされていったらしい。語彙の器がずいぶん軽くなった感覚がして、失われてしまった言葉を思い出そうとするものの、さっぱり見当がつかなかった。そうやって頭に浮かんだ言葉をくり返しているうちに、ふと、呪がふたつあることに気づく。異なった言葉を呪として身体にいれてしまったのかもしれない。ふたつになった呪はどうなるのか、それどころか元の言葉がどうなるかもわからず、医者へかかることにする。 非常に珍しい症例ですので……。医者は濁した。言葉が失われることはあっても、誤った言葉になるのは稀らしい。なにが呪になってしまったのでしょうか。医者は困った表情で■と■ですと答えてくれるが、どうにも聞き取れない。ご■弟はおられますか。すみません。なんとおっしゃっているのでしょうか。 【覗】のぞく マンションはペット禁止なので空想上の猫と暮らしている。ベンガルのレオ。オス。しなやかな四肢で溌剌と駆け、水が苦手で、南向きの窓のそばで寝そべるのが好きだ。実際に飼ったことはない。母が許さなかった。私は猫カフェへ通って温もりをたしかめ、動画で仕草を研究し、鳴き声に想いを馳せる。油断していたらレオの輪郭が曖昧になるので、補助線を引くことは欠かさない。 ここのところ毎日レオは夜鳴きをしている。どうやら発情期らしい。発情期なんて考えもしなかったから、レオに奥行きが生まれたようではじめのうちは嬉しかった。しかし、やがておよそ猫には聴こえない声をあげ、玄関やベッドの下や枕元をひと晩中うろうろしている。叱ってみたけれどやめる様子もない。空想の去勢手術を施しても無駄だった。そのうち鳴き声はつねに聴こえるようになり、いつのまにかレオは天井を這うようになった。もしかしたら猫飼いにとって当然の光景なのかもしれない。天井に張り付いたそれと目があう。伸びた首が私の顔を覗きこんでくる。
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閑窓EX1 あの日、あの晴れた夏の日。
¥1,000
SOLD OUT
閑窓EX.1 あの日、 「あの日、あの晴れた夏の日。」 リオ五輪に沸く2016年、夏。 部活、幽霊、怪文書、進路相談、ふたりきりの夏祭り……枝浜南高等学校・附属中学校で起こる8月18日だけを切り取ったアンソロジー 。小説、短歌、写真、漫画、イラスト、脚本、なんでもありの16編。 『学窓の君へ』のスピンオフ冊子になります。 Lineup! 小説:市ヶ谷 小説:小沼理 小説:北枕ふか子 小説:君足巳足 小説:konore 小説:鮭とば子 小説:瀬戸千歳 小説:幅 観月 小説:まよい 小説:Raise 小説:渡辺銀次郎 漫画:橋本ライドン 短歌:橋爪志保 脚本:吉田フロイデ 装画:森田ぽも 写真・短歌:ヨノハル 編集・装幀・企画:瀬戸千歳 閑窓社 2021.05.16 初版1刷発行 B6変型版(128×170)/140ページ/数量限定:帯付き
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【掌編集】星の幽霊
¥1,000
SOLD OUT
2019.11.17 発行 128mm正方形/160ページ ツイッターで行った #いいねした人をイメージして小説の書き出し一文 という企画でだいたい半年かけて書いた作品たちを1冊にまとめました。全76篇。 製本化するにあたって、物語からイメージした写真を撮りおろしてもらいました。右に文章、左に写真の構成になっています。 動物園も大学も博物館も商店街も廃病院も洞窟も存在する町で、どうかお気に入りの住人が見つかりますように。
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【短編集】いつか夏のまたたきで
¥500
SOLD OUT
2017.11.23 発行 A6判/156ページ/カバーなし 短編集 ・祈り ・ネーブルオレンジ ・ここまできても孤独 ・みつめる ・あざやかやな葬列 ・いつか夏のまたたきで 早苗さんは一作品ごとにじっくり時間をかけて眺めた。日曜日だというのに美術館にはほとんど人がおらず、早苗さんがどれだけ作品の前で立ち止まっていようと舌打ちする人もため息を吐く人もいなかった。ただ、あまりに顔を近づけすぎるので、その吐息で油絵の具が溶け出してしまうんじゃないかとそわそわした。その前に会ったのがいつだったかは、もう思い出せない。早苗さんは僕の姉だ。血はつながっていない。 『あざやかな葬列』より 装幀 海野真夜中
