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【掌編集】諸字百物語

¥1,000 税込

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送料が別途¥215かかります。

漢字ひと文字をテーマに420字程度の掌編を集めた百物語。

カバー付き・数量限定でオビ付き
本文は黒の小口染めです

スピンオフの『蛇蠱の子』も併せてどうぞ

装画:すり餌
装幀:瀬戸千歳


▼▽ 試し読み ▽▼

【兄】あに
 思いきり転んだ拍子に語彙の器が揺れたようで、身体からいくつも言葉が漏れ出してしまった。慌ててコンクリに散らばるそれらをかき集め、どんどん呑み込んでゆくけれど、いくつかは風に乗って飛ばされていったらしい。語彙の器がずいぶん軽くなった感覚がして、失われてしまった言葉を思い出そうとするものの、さっぱり見当がつかなかった。そうやって頭に浮かんだ言葉をくり返しているうちに、ふと、呪がふたつあることに気づく。異なった言葉を呪として身体にいれてしまったのかもしれない。ふたつになった呪はどうなるのか、それどころか元の言葉がどうなるかもわからず、医者へかかることにする。
 非常に珍しい症例ですので……。医者は濁した。言葉が失われることはあっても、誤った言葉になるのは稀らしい。なにが呪になってしまったのでしょうか。医者は困った表情で■と■ですと答えてくれるが、どうにも聞き取れない。ご■弟はおられますか。すみません。なんとおっしゃっているのでしょうか。


【覗】のぞく

 マンションはペット禁止なので空想上の猫と暮らしている。ベンガルのレオ。オス。しなやかな四肢で溌剌と駆け、水が苦手で、南向きの窓のそばで寝そべるのが好きだ。実際に飼ったことはない。母が許さなかった。私は猫カフェへ通って温もりをたしかめ、動画で仕草を研究し、鳴き声に想いを馳せる。油断していたらレオの輪郭が曖昧になるので、補助線を引くことは欠かさない。
 ここのところ毎日レオは夜鳴きをしている。どうやら発情期らしい。発情期なんて考えもしなかったから、レオに奥行きが生まれたようではじめのうちは嬉しかった。しかし、やがておよそ猫には聴こえない声をあげ、玄関やベッドの下や枕元をひと晩中うろうろしている。叱ってみたけれどやめる様子もない。空想の去勢手術を施しても無駄だった。そのうち鳴き声はつねに聴こえるようになり、いつのまにかレオは天井を這うようになった。もしかしたら猫飼いにとって当然の光景なのかもしれない。天井に張り付いたそれと目があう。伸びた首が私の顔を覗きこんでくる。

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